宮崎洋史のブログ

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忘れられない試験問題

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「インストラクショナル・デザイン〜教師のためのルールブック」という本を読みました。先生を想定読者とし、教え方を教えるこの本の中にはこんな一節があります。

私は学校の先生たちに、期末テストの問題はテストの前日ではなく、学期が始まってすぐにつくることをお奨めしている。期末テストの問題をつくってみれば、自分が何をどれだけ教えなければならないかがはっきりするからだ。

「何をどれだけ教えなければならないか」というのは「学生に何を学んで欲しいか」という先生の狙いでもあるはず。ということは試験問題には先生の思いが込められている、というのがこの一節を読んで僕が理解したところです。

ここで「先生の思いが込められた試験問題の具体例」を過去の経験から探してみると、ハイ、大学3年時に受講した「国際政治論」の記憶が蘇って来ました。

国際政治論の担当教官は鈴木佑司先生といい、学年末のレポート試験ではこんな問題が出されました。

問題:世界平和の条件を述べよ

 

鈴木佑司氏

僕がこれを覚えている理由は「世界平和の条件」は講義の中で明示的に取り上げられなかったにも関わらず試験問題として出題されたからです。

講義の中で説明されたのは日米・米ソ・米中の二国間関係など個別具体的なケースばかりで、鈴木先生が「世界平和のためには、コレとアレとソレが必要で…」などと説明してくれことは一度もなかったわけです。

大学は講義を丸暗記すれば済む場ではない。

こう思い知らされたという点で、この試験問題は長く僕の記憶に残っていました。

そして今、試験問題には先生の思いが込められているという前提に立ってみると、鈴木先生は、世界平和実現の方法を学生に真剣に考えさせたかったのだろうし、それが鈴木先生が講義を行なっている狙いだったのだと思うわけです。

本人に確認したわけではないので、本当の出題意図はわかりませんが、少なくとも僕の頭の中では今、鈴木先生の試験問題は世界平和への思いが詰まった良問ということになっています。

こんな問題が出題されるのなら、試験というものを毛嫌いすべきではないですね。